株は事業の一部

「株は事業の一部である」

資本主義社会に暮らす大人であれば、誰もが知る当たり前の事実です。
しかし、多くの株式市場参加者は、この事実を認識しているとは思えない行動を取ります

そもそも株式会社とは

例えば、時価1億円で、年間の家賃収入が1000万円ある1棟マンションがあるとします(以下、話が複雑になるので諸経費は無視します)。
Aさんは、このマンションを買いたいのですが、さすがに1億円もの大金は持っていなかったので、友人たちと協力し、1人1000万円ずつ出して、10人で共同購入することにしました。
そこで、株式会社「オクション」を設立します。
10人で出資して設立した(株)オクション名義でこの1棟マンションを保有し、その家賃収入を出資額に応じて配当しよう、という計画です。

株式会社の概念図

株式会社の概念図

1株1000円で10万株を発行するとしましょう(1000円×10万株=1億円)。
出資額は1人1000万円なので、1人1万株を保有することとなります(1000円×1万株=1000万円)。
家賃収入は年間1000万円なので、1株当たりの配当は1000万円÷10万株=100円です。
出資者1人当たりの家賃収入は100円×1万株=100万円です。
出資者は、1000万円の投資に対し年間配当収入100万円を得るので、10年で投資が回収できます。

これが、株式会社の本来の目的です。
つまり、1人ではできないような巨額の資金を要する事業を、複数人が出資して行うことで可能にする、ということです。
株主であるAさんも友人たちも「株」を保有しているというよりも「事業(の一部)を保有している」という意識の方が強いと思います。

支離滅裂な市場の評価

ある日、(株)オクションが東証マザーズ市場に上場することになりました。
普通、上場するときは新株を発行するものですが、今回は新株発行はなく、Aさんの保有する1万株を市場で売り出すものと仮定します。
(株)オクションは1億円相当の不動産を保有しており、発行済株式数は1万株なので、株価は出資したときと変わらず

1億円÷1万株=1000円

です。
Aさんはこの価格で、市場で保有株を売却しました。

人気化

しかし、上場したばかりの株というのは人気化するもので、株価は徐々に上がって行きます。
買い手がどんどん付いて行って、オクション株は上場後1ヶ月であっという間に5000円になりました。

チャート1

・・・ん?
何か違和感を感じませんか?
(株)オクションが保有する不動産の時価は変わらず1億円のはずです。
しかし、株価が5000円とすると、発行済株式数が1万株なので、(株)オクションの時価総額は

5000円×1万株=5億円

となります。

時価総額とは、ある企業の株式を全て買い占めるのに必要な金額のことで、
株価×発行済株式数
で求められます。(株)オクションの時価総額が5億円ということは、「もし(株)オクションを丸ごと買収した場合、5億円かかる」ということです。

1億円の不動産しか持ってない(株)オクションが5億円の評価で取引されています。
しかし、市場でオクション株を買う投資家(投機家と言うべきか)はそんなこと気にしません。
5000円が高すぎようが、6000円で買ってくれる他人がいればそれでいいのです。
そもそも投資した企業がどんな資産を持っているか、どんな事業を行っているかなんて気にしません
Bさんもそんな投資家の一人です。
チャートの形から「まだまだ上がるはず!」と確信し、ここ数ヶ月株価が停滞していた保有株を売却して、オクション株を5000円で1000株、500万円分購入しました。

暴落

しかし、市場はあるとき気づいてしまいます。

「時価1億円の不動産しか持ってない企業が、5億円の時価総額っておかしくね?」

ある日を境にオクション株には買い手が全く現れなくなります。
オクション株は暴落を始めます。

折しも、相場環境が悪化します。
イタリアの「パンチェッタ銀行」は、不良債権の処理に滞り、経営難からついに破綻します。
ヨーロッパに端を発した信用不安は世界中に波及し、金融機関の破綻の連鎖が起こり始めます。
世に言う「パンチェッタショック」です。

パンチェッタショックを受けて、株式市場は大暴落します。
投資家たちは恐怖にかられ、保有株を市場で投げ売りします。
株価の下落はとどまるところを知らず、底が見えません。

オクション株も例にもれず暴落に巻き込まれ、一時5000円あった株価は何と10分の1の500円になってしまいました。

チャート2

・・・ん?
何か違和感を感じませんか?
(株)オクションが保有する不動産の時価は変わらず1億円のはずです。
しかし、株価が500円とすると、発行済株式総数が1万株なので、(株)オクションの時価総額は

500円×1万株=5000万円

となります。
1億円の不動産を持つ(株)オクションが5000万円の評価で取引されています。
(株)オクションの株式を5000万円で買い占め、一棟マンションとして1億円で不動産市場に売りに出せば、5000万円の利益が出ます。
また、イタリアで銀行が破綻したとしても(株)オクションが保有するマンションの住人は変わらず生活を続けており、家賃は毎月入ってきます。
1株当たりの配当は100円なので、500円だと5年で回収できます。
どちらにせよ、非常に魅力的な投資と言えます。

しかし、市場でオクション株を売る投資家はそんなこと気にしません。
なんたって1000年に1度の金融危機なんですから、どこまで株価が下がるかわかりません。
そもそも投資した企業がどんな資産を持っているか、どんな事業を行っているかなんて気にしません

さて、5000円で100株買ったBさんはどうなったでしょうか。
Bさんは、あれよあれよという間に下落していくオクション株を見て、ただただ恐怖にかられ、何も身動きを取ることができませんでした。
結局オクション株が500円になるまで保有を続け、投資した500万円は50万円になってしまいました。
そして、Bさんはとうとう決断します。
「株なんかに手を出した俺が愚かだった・・・。オクション株は売却して二度と株を買うのはやめよう。」
そしてオクション株を500円で売却しました。

回帰

パンチェッタ銀行の破綻に始まった金融危機は、各国当局による金融機関への資本注入により何とか食い止められました。
実体経済にも影響が出て、失業率は上昇しましたが、各国中央銀行の緩和政策により、世界経済は徐々に回復し、株式市場も落ち着きを取り戻しました。
オクション株も株価を回復し、パンチェッタショックの10ヶ月後には上場時の株価である1000円に戻っていました。

チャート3

これが、株式市場で日々繰り返されている光景です。

忘れ去られる本来の目的

上記の話を読んであなたはどう思いましたか?

「1000円の価値しかないオクション株を5000円で買うなんて馬鹿だ」と思いますか?
しかし、中々上がらない自分の保有株を尻目に、話題の株が連日高騰を続けているのを見て、果たしてあなたは何もしないでいられるでしょうか?
「あっちに乗り換えればもっと早く儲けられる!」とは思いませんか?

「1000円の価値があるオクション株を500円で売るなんて馬鹿だ」と思いますか?
しかし、毎日、毎日、証券口座に表示されるあなたの資産価額が数十万円単位で減っていくのを見て、果たしてあなたは何もしないでいられるでしょうか?
「早く売って楽になりたい」とは思いませんか?

本来、投資というものは、投じた資金を何年にも渡って回収していくものです。
例えば、賃貸用不動産を買うとき、飲食店を開業するとき、工場を建てるとき、「明日、もっと高値で他の人に売りつけてやろう」などとは思いません。
事業に投資する際は、数年間、多くの場合、数十年間を想定して資金を投じるものです。
株が事業の一部である以上、株式投資もその例に漏れません。

しかし、株式は、上場した途端にその性格を変えられてしまいます。
株は時価をリアルタイムで確認でき、クリック数回で手軽に売り買いできてしまうため、いつしか「事業の一部を所有している」ということが忘れ去られ、「証券口座に表示される価格の変わる電子情報」と化します。
最初は長期的視点で投資を始めたつもりの人でも、だんだんと「今日はいくら儲かった。いくら損した」と気にし始めるようになります。
そのうちに「明日騰がる株」を探し始め、気づけば人気の出そうな株を追い求めるようになります。
「数年かけて回収?俺は1ヶ月で資金を倍にしたいんだよ!」
「投資」がいつのまにか「投機」になります

私は投機を否定しているわけではありません。
投機で期待収益率の高い手法を確立し、財を成すことも可能だと思います(ジョージ・ソロスなどはその1人と言えるでしょう)。
しかし、投資は原理的に儲かる仕組みであるため、参加者全員が儲かることもあるのに対し、投機の本質は他者との奪い合いです。
投資と投機の違いについてはそのうち詳しく見解を述べたいと思いますが、基本的にあなたが投機で得をすれば、誰かが必ずその分を損しています。
したがって、他の市場参加者に対して何の優位性も持たない人が、投機に手を出せば、最初は運良く儲けることができても、いずれ取り返しのつかない損失を被ります。
初心者にとって、入り口はあくまで「投資」であるべきです。

株とは、宝くじではなくて、ある会社の部分所有権だということを忘れてしまいがちである。

ピーター・リンチ「ピーター・リンチの株で勝つ」p183

まとめ

投資とはイチかバチかの勝負ではありません。
何十年もの長期間に渡って資産を形成する行為なのです。

「株は事業の一部である」

株式投資を始めると、多くの人がやがてこの当たり前の事実を忘れます。
この事実を腹の底から理解しているかどうかで、あなたの投資人生の成否は大きく左右されます

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